『共産主義と永続革命=世界革命』(抜粋)
――人間解放のために

一、共産主義とは何か?
――諸個人の世界史的結合の生産

 共産主義とは何か?
 エンゲルスの『共産主義の原則』にはこうなっている。
 「共産主義はプロレタリアート解放の諸条件についての学説である。」
 『ドイッチェ・イデオロギー』には次のように書かれている。
 「われわれにとって共産主義は、つくりださるべき一つの状態、現実が基準としなければならない一つの理想ではない。われわれが共産主義とよぶのは、現実を廃棄するところの現実的な運動である。」
 以上によって、共産主義が一方では「学説」として他方、「運動」として、二つの規定としてあるように見える。それでは、この一方の規定は、他方の規定と矛盾するのか? あるいはこの両者の一方だけをいうのは、共産主義の単に一面的で不充分な規定なのか? たしかに共産主義も二重の規定をもつ。共産主義そのもの、すなわち共産主義の運動とその概念と。
 しかし、この二つの規定の間の関係については、マルクスが『ヘーゲル法哲学批判序説』に書いた有名な次の文章をもう一度考えてみる必要がある。
 「この解放の頭脳は哲学であり、この解放の心臓はプロレタリアートである。哲学はプロレタリアートを止揚することなしには現実化されえず、プロレタリアートは哲学を現実化することなしには止揚されえない。」
 まず第一に、哲学の現実化とは、単に理想を実現するというような意味なのでは、もちろんない。哲学の現実化とは、まず、哲学一般が宗教と同じく、現実的土台から浮き上がった観念の独立王国(疎外)であるからして、哲学の現実化とは、まず、哲学としての哲学を否定して、“現実的な科学”になることを意味する。哲学の現実化=止揚であり、哲学の止揚=現実化なのである。だからマルクスは、前掲書のなかで、単に「哲学に背をむけ、顔をそむけて――非難する月並なきまり文句を少しばかりそれにつぶやきかけることで、哲学の否定を実現できると信じている」ところの「実践的政党」に対して、「ひとことでいえば、諸君は哲学を現実化せずにはこれを止揚できないのである」といったのであるし、また「要求と結論とが――それが正しいと仮定しても――ただこれまでの哲学の否定、哲学としての哲学の否定によってしかえられないものなのである」ことを知らぬ「哲学から出発した」ところの「理論的政党」に対して「かれらの根本的欠陥を要約すれば、哲学を止揚することなしにこれを現実化できると信じていたという点である」といったのである。

プロレタリアの止揚

 次に、第二に、プロレタリアートの止揚とは、ただ単に将来の共産主義社会のお話なのではない。前掲書にプロレタリアートをこういっている。「ラディカルな束縛をもった一つの階級を形成すること、この階級とは、市民社会に属しながら市民社会に属さない階級であり、いっさいの身分の解消であるような一つの身分であり、普遍的な苦脳を感じているために普遍的な性格をもち、なにか特定の不正ではなしに不正そのものをこうむっているためにどんな特殊的権利をも要求せず、また、もはや伝統的な大義名分ではなしにただ人間としての大義名分だけをよりどころとすることができ、ドイツの国家制度の、結果に一面的に対立するのではなくその前提に全面的に対立するような一つの階層、そして最後に、社会の他のあらゆる階層から自分を解放するとともに社会の他のあらゆる階層を解放することなしには、自分を解放することができないような、ひとことでいえば、人間性を完全に失ったものであり、したがって人間性を完全にとりもどすことによってだけ自分自身を自由にすることができるような、そういう階層を形成することである。社会のこういう解体を、ある特定の身分であらわせば、それはプロレタリアートである。」
 プロレタリアートが階級へと形成されることは(あとでまた述べるが)市民社会に属しながら市民社会に属さない人間になること、であり、それはすなわち、単に「物」による階層分化をいうのではなくて、人間の活動、結合していく人間の活動を意味するのであり、賃金労働(労働のブルジョア的形態)としての自分自身の否定を潜在的(即自的)に含むこと、いっそう正確には、当面、賃金の維持が目的であっても、その団結は、資本から切り離されてはじめて可能となった「人間としての人間の結合」(『ドイッチェ・イデオロギー』)を潜在的に含むからして、即自的には、プロレタリアートとしてのプロレタリアートの否定(=止揚)である。

実践的存在と理論的存在

 さて第三に、そして最後にこういう問題である。われわれは一方、哲学の現実化を哲学の止揚として、すなわち、“現実的な科学”になることとして把え、他方、プロレタリアートの止揚を、単に将来の問題としてではなく、現在の直下の問題として、すなわち、現在的に進行しているプロレタリアートの人間としての“普遍的結合”として把えた。だが、非常に大切なことが二つある(この点はあとでもう一度ふれなければならないが)。
 その一。哲学の否定=止揚=現実化としての“現実的な科学”とは、それ自身一つの実践的存在でのみあり得るのである。こういう意味は、現在のブルジョア科学は、自然科学でさえも、疎外された姿態でしか存在せず、本当の「科学」ではないということ、さらにその意味は、「科学」がその担い手である人間から切り離され、実践から分離されて、外見上独立して存在するということ――分業の結果――、そして、真の「科学」は、本当の「現実的な科学」はその担い手である感性的な人間から切り離すことができず、実践から分離して存在することが全く不可能で、とにかく学問が学問としてけっして独立できず、直接実践的な人間の意識となっていること、科学が直接に感性化し、実践化し、理論的存在としてではなく直接に実践的存在としてのみ存在できるということ、これである!(そして、あとでみるように、あらゆる意識は、本質をもつもののところにのみ存在するのだが、その本質は、この場合感性的人間の現実的結合である)だから、あれこれのブルジョア科学的考察でなくて、現状のなかに「旧社会を覆す革命的破壊的側面」(『哲学の貧困』)をみるような「理論」、そういうものとして「共産主義者の理論的命題は、あれこれの世界改良家によって発明されたり発見されたりした理念だの原理だのにもとづくものではけっしてない。その命題は、現存する階級闘争、われわれの目の前でおこっているこの歴史的運動の実態を一般的な形で表現しているだけのことである」(『共産党宣言』)と語ることができるような「理論」、こうした共産主義の「理論」(「学説」)は、はじめから実践的にしか存在しえない。そしてその「理論家」もはじめから、直接に感性的な実践家――「学者」の抽象的実践ではない!――としてしかそもそも存在しない。
 さてその二。現在の直下に進行するプロレタリアートの止揚=否定としての“人間としての普遍的結合”は、逆にそれ自身において同時に理論的存在となる。その意味は、人間が分業の結果、分離し、対立し、部分となっている間は、感覚・感情は、単に感性的なものとして、理性の普遍性に対立しているが、その人間自身が人間として普遍的に結合しはじめるや、彼自身が生きた普遍(本質)として、個々人の「五官」が結合して、感情や感覚が社会的になり、真に人間化し、感性がそれ自身理性化、理論化し、いわば「感覚が理論家となる」(『経済学・哲学手稿』「私有財産と共産主義」)。または、実践家がそれ自身において理論家への少くとも萌芽形態となる。

理論と実践の統一の問題

 以上によってわかるように、「哲学」という「頭脳」と「プロレタリアート」という「心臓」の統一とは、哲学としての哲学、理論としての理論とプロレタリアートとしてのプロレタリアートとの“結合”、または、理論家としての理論家と実践家としての実践家との“結合”などではけっしてない。その統一とは一つの活動的な存在、理論的存在=実践的存在、実践的存在=理論的存在、実践化した理論家、理論化した実践家、要するに直接的統一としての理論=実践、実践=理論として、ある。こうして意識が単に意識として独立しているかのようないっさいの外観は全く消え失せ、「意識とは意識をもった存在に他ならぬ」(『ドイッチェ・イデオロギー』)ことが全く赤裸々となる! こういうものとしてのみ、『ヘーゲル法哲学批判序説』がいう次の言葉が正しい意味をもって理解される。
 「批判の武器はもちろん武器の批判のかわりをすることができず、物質的な力は物質的な力でたおすよりほかにない。しかし理論もそれが大衆の心をつかむやいなや、物質的な力になる。」「思想が実現にむかってつきすすむだけでは充分でない。現実が自分を思想におしつけなければならないのだ。」
 こうした意味を正しく理解できないで、ただ「新聞」の発行や「理論」の創造にしがみつく「革命的」理論家や、ただ「大衆闘争」の日常性や「暴動」のきっかけにしがみつく「革命的」行動家が、共産主義者にいかにほど遠いことか!
 共産主義とは、こうして、自分自身を知りつつある運動、「プロレタリアート解放の諸条件」を意識しつつある「現状を廃棄するところの現実的な運動」である。そしてこの運動たるや、諸個人の世界史的結合それ自身を徹底的に純化して生産し、再生産する運動として、本当に革命的である。単に「反秩序」に止まらず、同時に革命的秩序、新たな社会、すなわち「人間的社会」それ自体を産出する運動であるから。だからこそ、共産主義者は「自分の目の前で起ることを了解し、その器官となりさえすればよい」(『哲学の貧困』)のである! 「かれらはプロレタリア運動を型にはめようとするような特別の原則をかかげない」(『共産党宣言』)。――なぜなら、世界史的存在であるプロレタリアートの「革命的結合」の行動の「条件、歩み、および一般的結果」を徹底して洞察し、この現実の運動の「もっとも断乎とした、つねに推進力をなす部分」であればよいのだから。
 そうであるからマルクスは、『ドイッチェ・イデオロギー』の次の個所を、欄外にいま一度書き抜いて、それに「共産主義」という表題をつけた。
 「ただの労働者たちの大衆――大量的に資本からきりはなされ、またはどんなつつましい満足からもきりはなされている労働者勢力――は、したがってまた一つの保証された生活源泉としてのこの労働そのもののもはや一時的ではない喪失は、競争を通じて世界市場を前提する。だからプロレタリアートはただ世界史的にのみ存在することができ、おなじくかれらの行動である共産主義も一般にただ『世界史的』存在としてのみ現存することができる。諸個人の世界史的存在とは、直接に世界史とむすびついているところの、諸個人の存在のことである。」――そしてこの行動そのものがほかならぬ永続革命としてあるのだが。

結合の基盤としての「人間的社会」「社会的類」は現在の直下にある

 「古い唯物論の立場はブルジョア社会であり、新しい唯物論の立場は、人間的社会または社会的人類である。」――古い哲学とともに哲学一般にはっきりと訣別し、空想的な社会主義および空想的な共産主義から自己を区別し、経済学の批判を開始した若きマルクスは、いわゆる『フォイエルバハに関するテーゼ』に、新しい自己の立場をこう書いた。
 マルクスは単に将来の社会を予感してこういったのか? 否! それでは現在の階級的社会を忘れているのか? 断じて否! 「人間的社会」または「社会的人類」は、単に将来社会の予感でもなく、さりとて現在の階級的社会の忘却でもなくて、厳然としてまず現在の直下にある! それは、資本、または所有から全く切り離されて、ただ生身の赤裸々な「人間」として結合するほかはない人間の結合、プロレタリアートの革命的団結の運動として現在の直下にある! 現在が二重に重なっている。顕在しているブルジョア社会と、それとまっこうから革命的に敵対する――だが現在では「多かれ少かれかくさた内乱」(『共産党宣言』)として――、今はまだ潜在的な「人間的社会」と。
 一般に、本来の意味における「意識」は、社会性・共同性・「関係」・「本質」・普遍性の紐帯をもたない存在には存在しない。すでにフォイエルバハは『キリスト教の本質』のなかで次のようにいっている。「最も厳密な意味においての意識はただ自己の種属や自己の本質性やを対象にもっている者のところにあるだけである。……しかし動物は種属としては自己に対象的になっていない。このために動物には自己の名前を(自己の本質に関する)知識から誘導するところの意識が欠けている。……ただ自分自身の種属や自分の本質性やを対象にもっているものだけが、他の物や本質やの本質的な本性を対象にすることができるのである。」「主観的にまたは人間の方で本質という意義をもっているものは、まさにこのことによって客観的にもまた、または対象の方でもまた本質(存在者)という意義をもっているのである。」
 マルクスとエンゲルスは『ドイッチェ・イデオロギー』のなかでこういっている。
 「『精神』は物質に『つかれて』いるという呪いをもともとおわされており、この場合に物質は運動する空気層すなわち音響の、つまり言語の形であらわれる。言語は意識とおなじようにふるい――言語は実践的な意識、他の人間にとっても存在し、したがってまた私自身にとってもはじめて存在する現実的な意識である。そして言語は意識とおなじように他の人間との交通の欲望、その必要からはじめて発生する。一つの関係が存在するばあいには、それは私にとって存在する。動物はなにものにも『関係する』ことなく、また一般に関係しない。動物にとっては他のものへのその関係は、関係としては存在しない。したがって意識ははじめからすでに一つの社会的な産物であり、そして一般に人間が存在するかぎりそうであるほかはない。」
 だが、フォイエルバハはこの人間の本質を「理性」「意志」「愛」として把え、かつ、それを感性化して把えようとし、こうした「人間を真理の尺度として考察」する。
 彼に反してマルクスは、いわゆる『フォイエルバハに関するテーゼ』で、「しかし人間的本質はなにも個々の個人に内在する抽象体ではない。その現実においては人間的本質は社会的諸関係の総体である」として、「感性を実践的な人間的・感性的活動としてはとらえない」フォイエルバハと異なって、感性的対象的に活動する人間の「実践」を尺度とする。
 したがって、あらゆる厳密な意味での意識は、いずれかの現実的な社会的諸関係の総体、いいかえれば、いずれかの「社会」の立場をもつ。かくて「新しい唯物論」すなわち共産主義の「実践的唯物論」の立場は、ながい階級的社会の発展史の最後にようやく、すでに実在的可能性として到達した「人間的社会」または「社会的人類」なのである。
 「もし事物の現象形態と本質とが直接に一致するならば一切の科学は不要であろう」(『資本論』「第四八章三位一体の定式」)と喝破する資本論は、ありうべき最も普遍的な、人間的本質、人間的本質そのもの、「社会(交通形態)」そのものであるこの「人間的社会」の立場に立つからこそ、あらゆる俗流科学の虚偽を根底から暴き出す力をもつのである。総じて、科学の階級性とはかかるものである。
 この「人間的社会」は、すでに述べたように、まず現在の直下にある。
 このすでに実在的可能性としてある「人間的社会」は、マルクス主義の革命的立場の体系的な開始としての輝かしい『経済学・哲学手稿』に書きしるされた「人間主義=自然主義」である「社会」として、共産主義の、永続革命の出発点(端初)であり、原理であり、いわゆる「始元」でなければならない。
 「労働の素材も主体としての人間も、運動の結果であると同時にその出発点でもある(そして、それがこの出発点でなければならないということ、まさにこのことのうちに私有財産の歴史的必然性が存する)。したがって、社会的性格が全運動の普遍的性格なのである。社会そのものが人間としての人間を生産するように、社会は人間によって生産されている。活動と享楽は、それらの内容のように、実存様式からいっても社会的である。すなわち社会的活動と社会的享楽である。自然の人間的本質は社会的人間にとってはじめて定在する。というのは、ここではじめて、自然は人間にとって、人間との紐帯として、他人にたいする彼の定在として、彼にたいする他人の定在として、また同様に人間的現実性の生活契機として、定在するからであり、ここではじめて自然は、人間自身の人間的定在の根底として定在するからである。ここではじめて、人間にとりその自然的定在は彼の人間的定在であり、そして自然は人間にとって人間となっているのである。したがって社会は、人間と自然との完成せる本質統一であり、自然の真の復活であり、人間の徹底した自然主義であり、自然の徹底した人間主義である」(『経済学・哲学手稿』「私有財産と共産主義」)。

二共産主義的意識の形成
――根底に本質と現象の分裂


共産主義的意識は、物質的労働から切り離されて精神的労働から生み出されるものではない

 共産主義的意識の問題は、精神的労働と物質的労働の分離という問題を避けてとおることはできない。階級的敵対にもとづく今日までの社会は、同時に、精神的労働と物質的労働の分離としてある。これは全く歴史的現実である。『ドイッチェ・イデオロギー』は次のように言う。
 「分業は、物質的労働と精神的労働との分割があらわれる瞬間から、はじめて現実的に分業となる。この瞬間から意識は、現存する実践の意識とはなにか別のものであるかのように、またなにか現実的なものを表象もしないのに現実的になにかを表象するかのように、現実的に想像しうるようになる――この瞬間から意識は世界からときはなたれて『純粋』理論、神学、哲学、道徳などの形成へうつってゆくことができるようになる。しかしながらこの理論、神学、哲学、道徳などが現存の諸関係と矛盾におちいるばあいでさえ、このことはただ、現存の社会的諸関係が現存の生産力と矛盾におちいっているということによってのみおこりうるのである――ただしこのようなことはまた、特定の国民的範囲の諸関係においては別な理由でもおこることがある。というのは、矛盾がこの国民的範囲のうちにはうまれずに、この国民的意識と他の諸国民の実践とのあいだに、すなわち一国民の国民的意識と一般的意識とのあいだにうまれるときである。――しかしながら意識がひとりでになにをはじめようと、それはまったくどうでもいい。われわれがこの汚物全体のなかからとりだすのは、ただつぎのような一つの結論だけである。すなわち生産力、社会的状態および意識というこれら三つの契機がたがいに矛盾におちいることがあり、またおちいらざるをえないのは、分業とともに、精神的活動と物質的活動が――享受と労働が、生産と消費が別々な個人の仕事になる可能性、いな現実性があたえられるからだということ、そしてそれらが矛盾におちいらずにすむ可能性はただ分業がふたたびやめられることのうちにのみ存するということである。それにしても『幽霊』、『紐帯』、『高次の本質』、『概念』、『懸念』がたんに観念論的な僧侶的な表現、みせかけの孤立した個人の表象にすぎず、また生活の生産様式とこれにつながる交通形態との運動にくわえられているところのきわめて経験的な桎梏や制限についての表象にすぎないことは、いまさらいうまでもない。」
 精神的労働と物質的労働の分離という歴史的現実は、しかし、共産主義的意識が、物質的肉体的労働から分離された、精神としての精神、理論としての理論、学問としての学問という疎外形態からそれ自身で生まれ出てきたものでもなければ、労働のブルジョア的形態、賃金労働という形態それ自身から出てきたものでもない。共産主義的意識は、何ら神秘的な源泉や出発点をもつのではなくて、感性的に確実な源泉としての現実の感性的な人間の闘争による人間としての結合、資本または所有から切り離された人間としてのプロレタリアートが、資本とともに賃労働自身をも苦痛として、「強制労働」として感じ知る諸個人の世界史的な革命的な結合、すなわち、前述の「人間的社会」としての現実的な「本質」の形成すなわち「プロレタリアートの階級への形成」にもとづいている。――すでに述べたように、あらゆる厳密な意味での「意識」は「本質」としての存在にのみ存在するのだから。


“教養ある階級”の共産主義的意識の発生は革命的団結の有機的構成部分となることを意味する

……
 今日の社会の大衆的貧困や大衆的悲惨を直視することからだけ出発する意識は、それがどんなに深刻であろうと一つのブルジョア的意識であって、共産主義的意識ではない。なぜなら、その意識が意識であるために不可欠なもの、すなわち、「本質」=社会性は、ブルジョア社会でしかなく、それ以外の社会性を知らぬからである。したがって、いいかえれば、それは一つのブルジョア「科学」を根本的に超え出ることができず、「空想的な社会主義」である。
 だから『哲学の貧困』のさきにあげた個所でマルクスはいったのである(この個所は、単にブルジョア階級出身の共産主義者のことだけとして読むべきではないが)。
 「プロレタリアートがまだ自己を階級に構成するほどにまで発達していないかぎり、したがってプロレタリアートとブルジョアジーとの闘争そのものがまだ政治的性格をもたないかぎり、そしてまた、生産諸力がブルジョアジーの胎内で十分には発達しておらず、プロレタリアートの解放と新しい社会の形成とに不可欠な物質的諸条件を予見しえないかぎり、これらの理論家たちは、被圧迫諸階級の窮乏を予防するために、もろもろの制度を思いつきで案出し、更生的な科学を追究する空想家たちにすぎない。」
 だが、「教養ある階級」の一部に共産主義的意識としての意識が発生するためには、今日の社会の大衆的貧困、大衆的悲惨だけでは全く不十分であって、新しい現実的な社会性(=本質)の形成、プロレタリアートのあるいは顕在的なあるいは潜在的な「革命的団結」、いいかえれば階級対階級の闘争、階級闘争が存在することを前提とする。
 「歴史が進行し、歴史と共にプロレタリアートの闘争がより鮮明に描き出されてくるにつれて、彼らにとって、自分の精神の中に科学を探求する必要はもはやない。彼らは自分の目の前で起ることを了解し、その器官となりさえすればよい。彼らが科学を探求しかつもろもろの制度を作っているにすぎない限り、彼らが闘争の第一歩にある限り、彼らは貧困の中に貧困だけを見、その中にやがては旧社会を覆す革命的破壊的側面を見ない。この時以後科学は歴史的運動によってうみ出され、かつ原因の十分な認識のもとにそれに結びつき、教説であることをやめ、革命的になった。」
 したがって、“教養ある階級”での共産主義的意識の発生は、新たな現実的人間関係としての革命的プロレタリアートの存在とその活動を前提とし、自分の階級を捨てて、この革命的人間関係=革命的団結の実践的な有機的構成部分となることを意味する。すなわち、この場合直接的ではないにしても間接的に、ほかならぬ階級闘争が生み出したのであり、しかも、この科学は、資本家階級を担い手とすることを止めて、革命的労働者階級を担い手にすることになったのである。
 だから、この場合の共産主義的意識の発生が、階級闘争の発展のどの時期に属するかといえば、『共産党宣言』のブルジョアジーとプロレタリアートの章の、こういう時期である。すなわち、「いよいよ階級闘争が決着に近づく時期になると、支配階級の内部、旧社会全体の内部における解体過程は非常に激しいきわ立った性格をおびるようになり、支配階級の一小部分は自分の階級と縁を切って革命的階級に、未来をその手に握る階級に結びつく。つまり、かつて貴族の一部がブルジョアジーに移行したように、こんどはブルジョアジーの一部がプロレタリアートに移行する。とくに、歴史の動き全体の理論的理解に努力してきたブルジョア思想家・イデオローグ・の一部が。」

プロレタリアートの本源的な知的能力は感性的な人間的な結合そのものである

 物質的労働、あるいは“教養を奪われた階級”においてはどうか?
 『共産党宣言』では、プロレタリアートの革命的「方策」について述べて、「しかしこれらの方策は、運動が進むにつれてそれ自身を乗り越えるものである」と語っている。『フランスにおける階級闘争』でマルクスは、「社会の革命的利害関係をみずからのうちに集中している階級は、ひとたび立ち上るや否や、その革命的行動、つまり敵をうちやぶり、闘争の必要が彼らに授けた方策を講ずる、という行動の内容や素材を、直接みずからの状態の中に見出し、自分たちの行動の結果が彼らをさらにかり立ててゆくものである」といっている。
 エンゲルスは第一インター(国際労働者協会)の綱領に関するマルクスの立場について、『共産党宣言』への序文に次のように書いた。
 「この綱領――インターナショナルの規約討議の基礎――は、マルクスによって、バクーニンやアナーキストからさえ承認されるほど巧みに立案された。宣言にかかげられた諸命題が最後には勝利するであろうということについては、マルクスは、ひたすら労働者階級の知的成長、連帯行動や討論から必ず生れてくるにちがいない知的成長に信頼をよせていた。資本に対する闘争のなかにみられるいろいろな出来事や変転、その成功、それ以上にその失敗は、たたかう人々に、これまで万能薬と思いこんでいたものの不十分さをはっきりわからせ、労働者解放の真の条件に対する根本的洞察をもっと容易に受けいれうるようにかれらの頭を直さずにはおかないであろう、と。」
 プロレタリアートのこうした知的能力について、マルクスやエンゲルスは、単に歴史的闘争から偶然的にひろい上げられた「教訓」としていっているのでもなければ、単に階級闘争のゆるやかに発展している時期についてだけあてはまる事実についていっているのでもない。こうした見方は、すでに引用した言葉自身が反駁しているのだが、この知的能力は、闘い、かつその中で結合を普遍化し、純化せざるをえない革命的プロレタリアートの本性に根ざす本源的な知的能力として語られているのである。もちろん、マルクスは『ルゥイ・ボナパルトのブリュメール十八日』で「フランスの社会は、一八四八年―五一年の間に、おくれ馳せではあったがいろいろの勉強や経験を積んでいた。もちろん、それらの勉強や経験は、革命的な方法で仕込まれたので簡便な教授法によるものではあったが、それでも、二月革命が表面だけの騒ぎ以上のものであるためには、それらのものを身につけることは、正規の、いわば学校で教わるようなやり方で、二月革命以前にすでにすんでいなければならなかったのである」といっているように、プロレタリアートは革命の徹底した理論的洞察をもたなければならない。しかしこのことは、プロレタリアートを本源的な知的能力を欠如したものとして把えることを少しも意味しない。むしろ、このプロレタリアートの本源的な知的能力を前提としてはじめて、革命の、徹底した理論的命題を理解するのだし、またあれこれの「革命理論」のエセ革命性、誤り、欠陥、不十分さを乗り越え粉砕して、生き生きとした創意を生みだすし、生みだしてきたのである。
 そして、この本源的な知的能力とは――すぐ次の項で、いま一度みるように――、プロレタリアートの感性的な人間的結合そのものの力なのである。社会性=本質が個々人の外に切り離されて抽象的に存在し、個人が単に個人として抽象的に私人となっている間は、個人の感覚や、それに感情も、単に私的で、目前の対象も全体として知ることができず、その部分を感受するにすぎない。しかし、資本から全く切り離されて逆にはじめて歴史的に可能となった「人間としての人間の結合」は、自分自身が、単に個人、私人ではなくて、すでに感性的に社会性=本質となることであり、彼の感覚は結合されて社会的となり、彼の「眼」は結合されて現実に社会的な眼となり、対象の全体を感受するようになるのである。これがプロレタリアートの、階級闘争と階級への形成が直接に培養する本源的な知的能力にほかならない!

共産主義者は階級闘争の「条件、歩み、一般的結果を見通し、そのつねに推進力をなす部分」である

 以上みてきたように、共産主義的意識は、すでに、単に将来に夢みられたものとしてではなく、精神的労働と物質的労働の分離の現在の直下に進行する現実的な揚棄としてある! 共産主義的意識はかかるものとして、現実のプロレタリアートの歴史的階級闘争そのものが、あるいは直接的に、あるいは間接的に産み出し、かつ産み出し続ける革命的意識である。革命的理論なくして革命的闘争はない。しかし同時に、革命的闘争なくして革命的理論はない。共産主義者にとっては、「はじめに言葉ありき」ではなくて「はじめに行動ありき」であり、あとで交互作用に入るが、そこでもまた、革命的理論は革命的闘争から出発し続ける。
 そしてもちろん、次のことは注意されなければならない。「歴史上のあらゆる衝突は、われわれの見解からいえば、生産力と交通形態とのあいだの矛盾のうちにその根源をもっている。ただしこの矛盾が一つの国で衝突へみちびくためには、それがこの国自身のなかで極度にまでおしすすめられている必要はない。産業の一層発展した国々との競争が国際的交通の拡大によってよびおこされれば、このような競争だけで、産業の発展がおくれた国々のなかにもおなじような矛盾が十分にうみだされる(たとえばドイツにおける潜在的プロレタリアートはイギリス産業との競争によって表面化された)」(『ドイッチェ・イデオロギー』)。
 以上のすべてによってわかる根本的な理由があるからこそ、マルクスは、マルクス主義の創生期においても「ある一定の時代において革命的な考え方が存在するということは、すでにその時代に革命的階級が存在することを前提とする」(『ドイッチェ・イデオロギー』)といった。
 「社会的活動の代りにかれらの個人的発明活動が登場し、解放の歴史的条件の代りに幻想的条件が、次第にすすむプロレタリアートの階級への組織の代りに、かれら自身の案出した社会組織が登場せざるを得ない」空想的社会主義・空想的共産主義にかわって、階級闘争の発展した時期の生み出した『共産党宣言』は共産主義者をこの階級闘争の「条件、歩み、および一般的結果」を鋭く見透し、その階級闘争の「もっとも断乎とした、つねに推進力をなす部分」として宣言したのである。
 マルクス主義の完成期にも、マルクスはこういった。
 「一八四八年の大陸の革命は、イギリスにも衝撃を与えた。なお科学的意義を要求し、単なる詭弁家や支配階級のおべっか者以上の何かであろうと思う人々は、資本の経済学を、いまやこれ以上無視することもできないプロレタリア階級の要求と調和させようと試みた。したがって、ジョン・ステュアート・ミルが最もよく代表するような、生気のない混合主義が現われている。これこそ、ロシアの偉大な学者で批評家であるN・チェルニシェフスキイが、その著『ミルによる経済学の大綱』の中ですでに巧妙に照し出しているような『ブルジョア的』経済学の破産宣告である。
 このようにして、資本主義的生産様式の対立的性格が、フランスやイギリスにおいてすでに歴史的闘争によって露呈され、人目を聳たせるにいたった後に、ドイツでも、この生産様式は、成熟して行った。他方では、ドイツのプロレタリア階級は、すでにドイツのブルジョア階級よりはるかに決然たる理論的階級意識をもっていた。したがって、経済のブルジョア的科学がここに可能となりそうに思われたとたんに、それは再び不可能になってしまっていた。……ドイツ社会の独特な歴史的発展は、『ブルジョア的』経済学のどんな独創的な発展をも許さなかった。だがその――批判は別だ。このような批判は、そもそも一つの階級を代表している限り、資本主義的生産様式の変革と諸階級の究極的な廃止をその歴史的使命とする階級――プロレタリア階級を代表するほかにない。」(『資本論』第二版の後書)

(一九六三年五月/『著作集第一巻』所収)

※ この『共産主義と永続革命=世界革命』の抜粋は著者本人の手によって為され、『東大駒場新聞』第179号(1966年11月10日)に「人間解放のために」と題して掲載された。

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